死ぬときには、思い出しか持って行けない

なにかがおかしくなりそうなとき、じぶんを責めそうになるとき、思い出すことばがある。

「死ぬときには、思い出しか持って行けない」

よしもとばななさんの小説かエッセイに、こんなようなフレーズがあった。


お金も、どんな学校を出たかも、どんな会社に勤めたかも、何回表彰されたかも、ブランドの服も、豪華なお家も。
どんなにこの世でかき集めたとしても 死ぬときに持っていけるのは思い出だけだ。

「生まれてきてよかったなあ」としみじみ思うような美しい夕焼け。
愛するひとと秋の朝に手をつないで散歩をしたこと。
そんな思い出をつくるためだけにひとは生まれてきたのじゃないかとさえ思う。
そんな記憶だけでポケットにぱんぱんにして「世界よ、ありがとうね」と言って去っていきたいくらいだ。

愛を知るために生まれてきたと思う。
愛を実現するために生まれてきたと思う。

地球の大きさと歴史の長さからしたら
わたしは砂漠の砂の一粒の そのまた何万分の1くらいにちっぽけだ。
それなのに、もっとちっぽけな何かに惑わされたり、がまんしたり、傷ついたりするなんて、どれだけもったいないことなんだろう。

またここからちょっとずつ始めたいと思う。
人生は甘くてうっとりするような旅だと思い出すことを、
そしてそれを実現していくことを。

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