美しさ

それは決して有名ではない、地元のひとしか知らないような川。
だけど南の島の海みたいな青をたたえた川。写真でしか見たことないような青を。
岐阜は美濃という場所で、今日もきっと透明に、きらきらと流れている。

IMG_3465.JPG

IMG_3464.JPG

あまりに川が美しいこと、そんなものがあまりにさりげなく存在していることにつかの間言葉を失ったのち、ふと思いました。

「日本の川ってみんな本来はこんなに綺麗だったんだろうか…」

そのとき、静かに扉がさーっと開いて、なにかとわたしがつながったような感じがしました。とてつもなく大きくて優しいなにか。

わたしが川と思っている川も、本当はこんなに綺麗だったのかもしれない。森も、山も、街も、海も、そうなのかもしれない。
本当の姿はいまわたしが知っているのとはぜんぜん違う、その存在にうっかり感謝するくらいの美しさだったのかもしれない。
この川が奇跡的に現在まで本来の美しさを保っていられているなら、実は見渡す限りの世界が、目に入る全部が、ほんとは奇跡みたいに美しいのかも…

ああ、わたしがいま見てるものって、川に限らず、本来の姿からゆがめられたものばかりなんじゃないか?
実はいろんなものが、川が、山が、森が、海が、空が、それに街やひとだって、そのままの本来のありのままの姿でいられたら、それがどんな形であれ色であれ心打たれるような美しさを持ってるんじゃないか?
いまはわたしがちっぽけで、その美しさを見る目を、想像する心をもっていないから、分からないだけ…

ほんとは全部がそれぞれありのままで美しいようにこの世界はできてるのかな???
それってすごいや。

今年の初めくらいから、ずっと考えていたのです。
朝焼けの空は言いようもなく美しい、お花が咲いているのも、葉っぱが日の光を受けて風にそよぐのも、凪いだ海も、鳥の鳴き声も綺麗。誰もがきっとそう思う。
じゃあひとの美しさには、そういう普遍性があてはまるんだろうか?うーん、、、とか。

でも、美濃のあの川を見て思いました。本来の姿こそが、そのひとがそのひとらしさを発揮することが美しいんだって。ねじらず、ゆがまず、何かに毒されることもなく、惑わされることもなく。

自信をもってわたしはわたしらしくいようって、前からそう思ってはいたけれど、今度は強いこころでそう思いました。

IMG_3469.JPGIMG_3479.JPG

こちらは近くの別の川。3月で蕾がほころびはじめる頃でした。

Follow me!

美しさ” に対して1件のコメントがあります。

  1. 川上けんじ より:

    岐阜は美濃の川 3月の穏やかな日 澄んだ空気、紺碧の空、清流 心が洗われるような美しい景色ですね。

コメントを残す